スタッフ研修H31年1月「認知症ケア・困難事例にどう対応しますか」

 1月は「認知症ケア・困難事例にどう対応しますか」

対応の難しさの原因を認知症の利用者に求めるのでなく、

自分たちが利用者を理解できているか、思いをくみ取れているかを

振り返りました。

 

 認知症の人の介助では、対処に悩む時があります。そのような時には対応策に加えて、

「なぜこのような言動をとったのか?」「本当に伝えたいことは何か?」

 利用者の立場に立ち、言動を起こした背景を考えることが何より重要です。

 次の3つの事例について考えました。

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事例1

ホームヘルパーに対する暴言・暴力

排泄の失敗が増え自分だけで生活できる、困っていることはないと言って

サービスを受け入れない。

ホームヘルパーが訪問すると、「お前は誰だ!何しに来た」等暴言を吐く。

 

物を投げる、叩く等の暴力行為があり、対応に困っている。

 

(利用者情報)

70代・男性  要介護3 脳血管性認知症 訪問介護週3回(排泄介助)

独居 40年以上前に離婚 身内無し

(生活歴)

中卒後大工となり、50代脳梗塞を発症、右足麻痺で退職

元気な頃は地域の祭りに参加して神輿を担いでいた

現在は地域との交流無し

(性格)

気性が荒い

(生活状況)

外出はほとんどなく閉じこもりがちな生活

テレビはつけているが見ていない

部屋の中は荒れ放題

 

*利用者の言動の背景にあるものは?*

・認知症の症状から考えられること

認知症により考えがまとまらず言葉が出にくくなって、不満や苦痛を言葉で伝えられず、

表現できないもどかしさやイライラから暴言・暴力に至ることがあります。

 

・ヘルパーの支援の方法から考えられること

①ヘルパーが利用者に対して腫れ物に触るような態度をとっていたかもしれません。

暴言・暴力に対してヘルパーが身構えてしまい、おどおど、びくびくしながら接することで、

余計に利用者の怒りを買ってしまうことも考えられます。

②利用者の今の状況や気持ちへの配慮が足りなかったかもしれません。

利用者は地域と交流がなく孤立しています。利用者の寂しい気持ちを理解してくれない、受け止めてくれないことへの苛立ちであることも多いです。

 

・利用者の生活歴や性格から考えらえれること

①ヘルパーの介入でプライドが傷ついているかもしれません。

長年独居の利用者、右足麻痺になっても努力して自立生活を送ってきたというプライドがあり、

ヘルパーの介入が一人暮らしは無理と言われているように感じて反発しているのかもしれません。

②生きる意欲が低下して、自暴自棄になっているかもしれません。

以前のように地域の祭り参加もなく、地域交流は無し、テレビはつけっぱなし、部屋は荒れ放題、

生きる意欲を失っているかもしれません。

③できないことが増えた自分を受け入れられない。

認知症になりできないことが増えた自分自身をまだ受け入れることができず、

暴言・暴力と現れているのかもしれません。

 

 

それでは、このような背景をもとにどのように対応していけばよいでしょうか?

 暴言・暴力がある時は少し距離を置き様子を見るのが基本です。

 興奮状態の時は何とかしようとすると逆効果になることもあります。

 焦りや不安からヘルパーも利用者の興奮に巻き込まれがちですが、

 慌てず・ゆっくり・落ち着いた対応を心がけましょう。

 

 

①バリバリ働いていた頃の話を聞いてみる

  地域の祭りに参加して神輿を担いでいた

 →「お神輿を担ぐってどんな気分ですか?」

  長年大工として働いた

 →「大工をなさっていた時どんな家を建てられたのですか?」

 

 生活歴などから、利用者の気持ちを動かし、ヘルパーと打ち解けられる話題を考えて、

声をかけてみる。

 

②時間をかけて心を開く働きかけをする

心を閉ざしている人の気持ちは簡単に動くものではありません。

決められた排泄介助をする前に、コミュニケーションをとる時間が必要かもしれません。

ケアプランの変更も視野に入れ事業所に相談してみる。

 

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事例2

入浴をしたがらない

昨年から認知症の症状がみられ何か月も入浴していない。

家族からの依頼により、週1回入浴介助に入ったものの「いやだいやだ」の一点張り。

声掛けの工夫をしたり少し時間をあけて誘ったり、

まったく上手くいかない日々が続いている。

 

(利用者情報)

80代女性 要介護2 アルツハイマー型認知症・腰痛 訪問介護週2回(入浴介助、通院介助)

夫(80代)、息子(50代会社員)3人暮らし

 

(生活歴)

21才で結婚、専業主婦として3人の子供を育てる

夫に定年退職後夫婦共通の趣味である山登りに月1回参加していたが、

68才の時腰を痛めて山登りは困難になり、詩吟クラブに入会した。 

(性格)

真面目できっちりした性格

(生活状況)

 家事の手を抜くようになりぼーっとしていることが増えた

人と会うのを嫌がるようになり、ここ数年詩吟クラブに行っていない

週1回ヘルパー通院介助により腰の治療をしている

 

*利用者の言動の背景にあるものは?*

 

・認知症の症状から考えられること

清潔の観念が失われているのかもしれない。

認知症の進行により嗅覚が衰え入浴しないことで強まった体臭にも気がつかない。

体臭に気が付いても判断力が衰え、清潔不潔の観念が失われ入浴を拒否しているのかもしれません。

 

・ヘルパーの支援の方法から考えられること

支援するヘルパー側のペースで入浴を勧めているのかもしれません。

ヘルパーは限られた時間内に決められた支援をしなければなりません。

「仕事をこなす」ことにヘルパーの意識が向き、利用者の気持ちを置き去りにしていないでしょうか。

 

・利用者の生活歴や性格から考えらえれること

①入浴の手順がわからないことを知られたくないのかもしれません。

ヘルパーの前で衣類を脱ぎ、いろいろわからなくなっている自分をさらすことに抵抗を感じているのかもしれません。

②元々、お風呂が苦手なのかもしれません。

母や妻という役割意識から毎日入浴していたが、お風呂はあまり好きでなかったかもしれません。

③入浴の必要性を感じなくなったかもしれません。

かつては積極的に外出して他者と交流していたので清潔を保つことを心がけていたが、家に閉じこもり、

外で他者と会わなくなり入浴して清潔にする動機づけを失ったのかもしれません。

 

それでは、このような背景をもとにどのように対応していけばよいでしょうか?

「どうやってお風呂に入れるか」ということばかり考えてしまいがちですが、

最初に考えることは、なぜ利用者がお風呂に入ろうとしないのかです。

その理由により言葉かけが変わってきます。

理由によっては自宅以外での入浴が解決策になる場合もあります。

①定期的な通院をうまく利用してみる

週1回の通院を動機づけにとして利用してみましょう。

例えば、通院前に「体をきれいにしてから受診しましょうか」と声をかけてみると、

すんなりお風呂に入ってくれるかもしれません。

②銭湯やディサービスでの入浴を検討する。

家での入浴を拒否する人であっても、銭湯や日帰り温泉、ディサービスであれば入ってくれる場合があります。ケアの目標が入浴による清潔保持であれば自宅以外での入浴も検討し、事業所と相談してみる。

 

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事例3 

物盗られ妄想

ヘルパー訪問時、「財布をとったでしょ!」「アクセサリーが盗まれた」等。

興奮して暴れだすこともあるため本来やるべきサービスを行えないことがあります。

 

(利用者情報)

60代女性 要介護2 アルツハイマー型認知症 訪問介護週3回(食事介助)

娘(40代会社員)2人暮らし  (30代で離婚)

 

(生活歴)

高卒後事務職で就職。24才で結婚、夫が多額の借金のため33才で離婚。30代で精神科に通院歴あり。

飲食店等で働きひとりで子供を育て上げた。2年前に認知症で診断された。趣味はカラオケ。

 

(性格)

意志が強く努力家、頑張り屋

 

(生活状況)

掃除や洗濯、じぶんでできることは自分でやっている

自宅でカラオケの練習をして楽しんでいる

時折元気がなくなり落ち込むときがある

 

*利用者の言動の背景にあるものは?*

 

・認知症の症状から考えられること

認知症による漠然とした不安感や寂しさから被害妄想的な気持ちが生じて、周囲に対して攻撃的になっているのかもしれません。大切なものが見当たらないと、「誰かが盗んだ」と思い込んでしまうことがあります。

 

・ヘルパーの支援の方法から考えられること

①不要と思い、利用者に十分に確認せず勝手に処分してしてしまうと、サービス終了後あったはずの物がないと利用者は「ヘルパーに盗まれた」と思い、そうしたことが続くと利用者のヘルパーに対する不信感が募り、攻撃的な態度をとってしまうことが想像できます。

②ヘルパーの「盗っていない」という言葉で利用者を興奮させたのかもしれません。

認知症の人は自分の感じていることが絶対です。それを否定されると、混乱して興奮します。

何も盗っていないことを理解してもらおうと、ヘルパーが懸命に説明すればするほど、利用者の気持ちを高ぶらせてしまいかねません。

 

・利用者の生活歴や性格から考えらえれること

①自分のテリトリーを守ろうとしているのかもしれません。

離婚後ひとりで娘を育てあげたので、他者に警戒感を抱いたり反発を感じたりしているのかもしれません。

②お金を大切に思う気持ちが強いのかもしれません。

夫の借金に悩まされて離婚した経歴や精神科への通院歴もあります。

もうお金には悩まされたくない、お金を大切に思う意識が人一倍強く、財布やアクセサリー等への強い執着として表れているのかもしれません。

③ヘルパー支援を必要と感じていないのかもしれません。

利用者は頑張り屋で、今できることは自分でこなしています。

ヘルパー支援を受けることに納得していないのかもしれません。

ヘルパーを排除しようとしているのかもしれません。

 

それでは、このような背景をもとにどのように対応していけばよいでしょうか?

頑張って生きてきたからこそ起こる物盗られ妄想。

利用者の妄想を取り除こうとするのではなく、利用者の気持ちを理解して気持ちを受け止めましょう。

一緒にその物を探しながら、これまでの頑張りを労う言葉をかけます。

興奮が高まったいる時にはそれ以上の刺激を与えない様に、一度その場を離れます。

時間を置くことで気持ちが変わり、穏やかな状態に戻ってもらいやすくなります。

①不安に思う利用者の気持ちで一緒に探す。

利用者は自分の家、大切な物を守らねばならないという強い思いを持っていると考えられます。その思いを理解した上で、「大切な物が無くなって心配ですよね。一緒に探しましょう。」等、声をかけて探します。

見つからない時は「心配ですね。警察に相談してみましょうか」等、あるはずの物がなくて不安になっている利用者の気持ちになって声をかけます。

②利用者の思いに同調し、事前に対策を練ります。

不安な気持ちを和らげるためにも、大切な物は日頃から管理しておきます。「この箱にまとめておきましょうか?」「この棚に入れたら安心かもしれませんね」等、利用者と相談して利用者と一緒に片づけると、安心して、被害妄想や利用者の気持ちが落ち着くかもしれません。

 

 

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1月は、3つの認知症の困難事例について、利用者の言動の背景にあるものを整理してどのように対応すればよいかを考えました。特に認知症に利用者は自分の感情を伝えることが難しくなっていたり漠然とした不安や寂しさを抱えていたりします。利用者にしっかりと目を向け、どのような状況や思いでおられるのかを想像して理解することが何よりも大切です。

利用者の言動の背景には、ヘルパーの支援のやり方が大きな要因となる場合があります。

私達ヘルパーは、自分自身の支援の方法を常に振り返って考える必要があります。

 

 

 

①認知症の人への適切な接し方を理解していたか。

認知症の利用者が間違ったことをしたり発言したりした時に、それを正そうと説明したり間違っていることを理解してもらおうとしてはいけません。利用者は自分を否定されたと感じて気持ちが落ち着かなくなります。

間違った行動や言動にも穏やかに受け止め柔軟に対応します。

②利用者を置き去りにして自分だけの判断で支援を進めていませんか?

例えば、調理支援で訪問した時、この利用者のはやわらかい食事をということだけに意識が向いて献立を立てるのではなく、笑顔で利用者に話しかけて今日の体調や気分、食べたいものを聞いてからっ献立を考えると、利用者は「自分の存在を認めてもらっている」と感じてヘルパーへの信頼につながります。

③利用者をより深く理解するために生活歴を知る努力をしていますか?

認知症の人はそれまでの生活歴、暮らし方、生まれてきた世界、価値観等によって、言動の表れ方が違います。できないことやわからないことが増えてきた時、暴力や取り繕い等、自分なりの方法で自己の存在を守ろうとします。そのパターンを理解するためにも、その人の生活歴や暮らし方大切にしているものを知ることはとても重要です。

 

 

 

実際にサービスに入っている施設にも、物盗られ妄想の女性の利用者や入浴をしたがらない女性の利用者もおられるので、今月の研修により利用者がどのような状況や思いでおられるのかを考えたことは大変勉強になった思います。「自分の利用者への接し方を常に振り返りながら日々のサービスに入る」をヘルパー全員に働きかけていきたいと思います。     妹尾昭美